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36歳の工事課長。滾る情熱で0から突き進んできた施工管理者。

2021/03/02

羽田空港のD滑走路。年間の発着容量増強のため、2010年に再拡張した4本目の滑走路。

京浜マリンの工事課長・赤石はこの滑走路から施工管理者としてのキャリアを築き始めた。当初はパソコンの使い方もわからず、従業員が食べるお弁当の注文管理だけで精一杯だったと懐かしむ。

あれから13年。赤石は東京外環に掘進が進む日本最大の高速道路・シールドトンネル工事の現場トップとして指揮を執っている。業界未経験で正社員として就職し、工事課長に就任するまでの歩み。

羽田空港で見出した、施工管理としてのキャリア

(以下、赤石)初めて着任した現場は羽田空港D滑走路の大規模な溶接工事でした。右も左も分からない状態から3年間通い続けた、思い入れのある現場です。ここは大勢の作業者と施工管理者の連携が不可欠で、ベテランの職人から私のような新人まで混在していましたね。施工管理はパソコンを使った事務作業もあるのですが、操作の仕方も一つずつ先輩から教えてもらい覚えていきました。

作業者の人数が多い現場で、2年目に差し掛かった頃、新人らが相次いで退職しました。施工管理としての自分の無力さをまざまざと思い知らされ、辞職という二文字が何度も頭を過りました。私はもともと技術職に関心を寄せていたため、施工管理ではなく職人になりたいと社長に直談判したことがあります。すると、返ってきたのは「今の現場では施工管理で貫いてみろ」という一言でした。技術職と管理職では全く異なるスキルが求められます。そして先々に描けるキャリアやその過程も違う。社長は私の素質を見抜いた上であの返事をしたのでしょう。今思い返してみると感慨深いですね。私は社長の言葉を胸に踏みとどまり、日々の業務に取り組みました。羽田の現場が竣工を迎える頃には、すっかり施工管理の色に染まり、このフィールドでやっていこうと決意が固まっていました。

家庭を築き始めた頃、施工管理でトップを目指せると確信した飛躍の現場

初めて職長として現場のトップを務めたのは、羽田空港の次に携わった首都高速中央環状品川線シールドトンネル8kmの本設工事でした。ここではトータルで5年間、首都高品川線の避難通路設置等に携わりました。

工期の途中から現場の施工管理者を束ねるリーダーに任命されたことをきっかけに、自分が施工管理の世界でもトップを目指せると確信した、いわばキャリアの転機となった現場でした。私は、どんな仕事でも自分で意思決定出来るポジションに就きたいと邁進してきました。前職はパチンコ店でのアルバイトスタッフでしたが、どの店舗でもアルバイトリーダーまで上り詰めました。自身の持てる裁量を広げるための時間投資やチャレンジなら怯むことなく挑むタイプです。

この仕事に就いた頃というのは、家庭を持ち長女が生まれる時期とも重なりました。家族の支えもあって、尚更ステップアップを希望していたのです。

シールドトンネルの工事に従事する頃には、施工管理として働くことへのやりがいや誇りを心から感じていたからこそ、首都高品川線の現場は「私も職長を全うできる!」と会社に訴える絶好のチャンスでした。一から自分で指揮を取り、力を試すことで施工管理としてさらなる高みを目指せると信じていたからです。

次なるステージは自身の営業力を以ってスーパーゼネコンのメインパートナーになること

私たちが手掛ける工事案件の9割が、東京の企業から発注いただいていて、私の展望は東京支店を構えることです。その大きな目標を実現するためにはいくつもの通過点があるわけですが、私は常にそういった高いゴールと日々の課題を掲げて業務に取り組んでいます。

直近で目指しているのは鍛冶・溶接工事の分野でスーパーゼネコン4社のメインパートナーになること。なかなかチャレンジングな目標です。

私の強みは監督さんと綿密なコミュニケーションが取れるため、営業マンのように動けることです。建設業には現場営業という言葉があり、良い仕事をすればその一件を起点に次の現場にも抜擢いただけることがあります。自分の働きぶりを評価していただいた上で案件にアサインされることほど嬉しいことはありません。また任せていただいた一つ一つの現場で結果を出していくことは着実な目標達成への道程だと考えています。

困った際にすぐ連絡をいただけるよう電話番号を監督に伝えておくことや、挨拶や会話といった当たり前のことを疎かにせず、いつでも頼ってもらえる関係構築を心掛けています。こうした信頼と実績の一歩一歩の積み重ねが、最も効果的な営業方法でもあると考えています。

社員の頑張りを真摯に受け止め、背中を押す社長の存在

弊社は社長と社員の距離が非常に近いです。社長がまだ専務だった頃から社員の話を本当によく聞いてくれ、私や同期の人間は会社に戻ると「お疲れさまです!」とまず社長室に入っていきます。その日の出来事や現場の状況を報告し、また私は社長と定期的に飲みに行って仕事上の困ったことや改善してほしいことも正直に話しています。年齢が近いというのもありますが、本当に一人ひとりのことをよく見てくれていて、何でも話せる環境を作ってくれています。

相談や提案を持っていくと「まず自分の考えていることをやれるだけやってみろ」って必ず背中を押してくれますし、希望に対してもすぐに実行してくれる。そして会社の未来を考え日々動いていれば、黙っていても正当に評価してもらえます。

京浜マリンは「責任感」と「互いを尊重する雰囲気」が根付いた会社

社風ですが、作業員も管理職も仕事ができる・できないに限らず、責任持って働ける人が集まっています。きちんと受け答えができる、職場の雰囲気を悪くしない、他者を尊敬できる、人の話に耳を傾けられるといった、人と人が協力するうえで大切なことができる人達です。

私は管理職に就いてから、他者を尊敬し合う今の社風を維持するために意識して行っていることが2点あります。1つは後輩が社内で人間関係を築くサポート。円滑なコミュニケーションを図れるよう橋渡しするのは上司の役目です。仲間との意思疎通がそれほど重要であることを知ってほしいという狙いもあります。

2つめは困難に直面しても諦めない背中を見せること、更には後輩の可能性を私自身が諦めないことです。現場では予期せぬ事態に度々直面します。苦しくても最後まで投げ出さず努めれば、必ず一回りも二回りも成長できると信じています。いつかの瀬戸社長のように、私は最後まで仲間を信じます。

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